2013年日本市場の売上額でトップ5、白物家電の外資ブランドでは一位となりました。

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ハイアールが歩んできたこれまでの歴史と今後の動向

ハイアールは1984年に創立以来、日本のパナソニック買収をし、32年間で先端を行くグローバル企業となりました。その目覚ましい成長を遂げた白物家電企業の歴史を辿ってみたいと思います。

ハイアールの歴史

 

中国での歴史

 

ハイアールの歴史の始まりの中国の国旗

 

1984年12月、ハイアールの創始者であり現在のCEOを務める張瑞敏氏は、青島にあったゼネラルの冷蔵庫工場を訪れましたが、目の当りにしたのは多大な借金を抱え破たん寸前で苦しむ工場の姿でした。

 

その後張氏は冷蔵庫の市場を細かく分析し、翌年ビジネス計画書を提出し、正式にハイアールとして操業を始めました。

 

しかし、この市場はすでに競争も激しく、高い基準を満たさなければ生き残れないという試練が待っていました。

 

この試練を乗り越えるために打ち出した方針は、高い品質のある製品を作り出すことでしたが、それが功を奏し、急激に成長し、市場を拡張することになり、1988年には中国国内の冷蔵庫の審査部門で最高の評価を受け、中国の冷蔵庫の歴史において初めてゴールドメダルを獲得しました。

 

1990年には、アメリカの安全規格であるULの証明書を取得し、これを機にグローバル市場に進出することになりました。

 

 

 

国内販売に至るまでの歴史

 

ハイアールの国内販売までの道のり

 

日本進出の歴史は、2002年にハイアールジャパンセールス社と三洋電機が合併し、三洋ハイアール社を設立したのが始まりで、ハイアールのバッジを付けた冷蔵庫、洗濯機、エアコンを日本に輸出し販売を開始しました。

 

日本が家電の不況に苦しんでいた2011年には、ハイアールは100億円を出資し、パナソニックから三洋電機の日本および東南アジアでの白物家電事業を買収しました。

 

研究開発センター、生産工場、そして5カ国の販売ルートを手に入れ、譲渡特許は1200件を超えました。

 

2012年には、三洋電機のブランドであった「AQUA」に改造を加え「Haier」と一緒に2つのブランドで販売する戦略を取り、1年後には売上額は合わせて500億円を超えました。

 

この年、日本市場で売上額の面でトップ5に入り、白物家電の外資ブランドでは一位となるなど、目覚ましい成長を遂げました。

 

 

 

今後の展望

 

ハイアールは現在、日本やアジアだけでなくグローバル的に成長し、事業を拡張し、2014年末までに海外7カ所の工業パーク24カ所のマーケティングセンター3万7,000以上の販売ネットワークを設立し、ドイツ、日本、米国、ニュージーランドの4カ所に研究開発センターを設けています。

 

ネットではたたかれることもしばしばですが、創業以来、常に品質を大事にする方針を打ち出し、ハイアールの製品、特に冷蔵庫を購入した人からは「静か」「良く冷える」「省エネ率が高い」「一人暮らしに最適」「シンプル」などの評価をもらっています。

 

更に、165か国に販売しているため、大量生産が可能で、そのためコストパーフォーマンスが良く、日本での10年の歴史が証明するように耐久性も高く、アフターケアも1年365日対応可能という強みを生かし、これからも最先端に立ちながら、さらに磨きがかかっていくことが予想されます。


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